病院②

そうそう。真っ暗になって、あまり何があったかは覚えていないわ。そうね、でも夢の中でお母さんが大事なことは教えてくれた。きっと夢でなくても教えてくれていたのでしょうね。お勉強は教えてくれなかったけど、活きる上で当たり前のことなんかは、しっかり教え込んでいったわ。それから、誰かが来る気配なんかも、私にはわかった。これは看護師さん。これはお医者さん。カーテルを運んで、腕の点滴を差し換えているの。それから心電図と、あとは……あと、たくさん何かをいじって、この部屋を出ていったわ。それが毎日。そうね、気になるわよね。私が目を覚ました時のこと。友夜が、私に話しかけてきたのよ。「結夜、今すぐ僕に会いにおいで。」って。えぇ、私、目を開けたわ。目を開けられたの。病院の衣服を脱いで、適当なロッカーを開けたわ。黒いセーラー服が一着入っていて、確か近くの中学校の制服だったわ。お母さんは私を女の子にしたかったのよ。女の子が欲しかったの。だから、髪は毎日手入れされていて、目の上で前髪は切りそろえてあって、切らずに伸ばされた後ろ髪も綺麗なままだったわ。えぇ、お母さんはもう私のところにはこない。好きな人ができたのよ、きっと。けれどそれでよかったわ。目を覚ました時、もしお母さんがいたら、私は友夜のところには行けなかった。黒いセーラー服に袖を通して、あまりにもピッタリだったから、少し驚いたわ。でもそんな暇なんてなくて、一緒においてあった革靴を履いて、友夜を探したわ。どうやってササメちゃんのお屋敷に辿り着いたか?……わからないわよそんなの。気付いたら、そこにいたもの。どうやって探したのかもわからないわ。それでも、友夜のことを見つけられた。……イイエ、正確には、友夜の顔をしたヰサラを見つけたわ。あの日私を睨んだ目は優しさに満ちていた。あの日湯船に沈められていた髪は目に痛々しいような色に変わっていた。あの日浴槽を蹴り飛ばした細い足は男の子の足になっていた。すべてが変わっていたのよ。私の知っている友夜は、きっとお父さんに殺された。私の知らないヰサラが、そこにはいたの。少しね、少しだけ許せなかったわ。私の友夜はどこへいったの。私を許さないと睨んだ黄色い目はどこへいったの。お父さん、あなたは友夜に何をしたの。──今ではすべてが過去のことよ。私はもう、煉河結夜を捨てた。ヱリーゼと名乗ったの。だって、煉河結夜は夢の中で死んだもの。死体の名を語ったって、誰も喜びはしないわ。ヰサラの中の友夜が死んだのなら、私は僕を殺す。それが私のあるべき姿。そうであると、私は信じているのよ。