保護施設③

俺と紫苑がタッグを組み、殺しては集めてを繰り返してから半年。もう桜が咲き始め、小学校に行くガキが増えた。相変わらず紫苑は気に入らないヤツや、何となく目に入ったヤツを殺してはその死体を俺に投げて寄越す。俺からすれば、探さずともほしいモノが手に入るから、困ったことなんか全く無い。東館201号室からひどい匂いがすると噂が立ち、このフロアはすべて空き部屋になった。フロアの住人はまだその部屋にいるが、人間らしい生活はしていない。ほとんど毎晩のように血のついた、あるいはヒトの体液の染みたオーダメーイドのシャツをバスタブに放り投げ、湯を張る。ざぶんと肩までつかれば湯気が舞う。月のあかりが射し込む6ツ切りの窓ガラスが曇る。深呼吸すると嗅ぎなれた死臭がカルキの匂いと共に鼻腔を通り抜ける。俺一人しかいない広い201号室に、望まないモノが足を踏み入れた。
「恢吠──恢吠夛崔だね。うん、ひどい匂いだ。よくこんな場所で湯船に浸かれるね。」
半分振り返り肩越しに姿を見る。黒髪の──男か。俺と同じくらいの歳だな。途中にある死体を避けながら俺の浸かるバスタブに近付き、ぷかぷか浮いているシャツを摘む。
「ウワ、ありとあらゆる液体が染み付いてる。これと風呂入っても体は清められないぞ。」
「……ご親切にドーモ。でもいいんだ、あとでシャワー浴びるから。今優越タイムなの。そんであんた、ナニ?誰?ここ俺の部屋なんですけどぉ。しかもバスタイムに来るって最悪じゃない?」
「あん?なんだ、私を知らないの。私の金で生かされてるのに、可哀想なヤツ。」
なんだ、傲慢なヤツ。ヘンなヤツ。なにしに来たんだ。あんたの金で生かされてる?冗談は入室時間だけにしとけってんだ。
「──黒川ササメだよ。」
「あぁ、なに、ここのコ?」
背中を向けたまま、窓の外を見ながら言うと、そいつは、黒川は湯桶を転がして遊び始めた。ソレで遊ぶってあんたいくつだよ。ソンなことしながら話す内容じゃないだろ。
「奇しくもハズレ。ココを管轄してる人間だよ。施設長よりもずっとずっと偉いの、私。ま、お前に話があってバスタイムにお邪魔しましたー。って感じ?」
「邪魔してんだってわかってるなら終わってからにしろよ。1日で唯一の時間なんだぞ。」
「ハイハイわかったよ。じゃあ本館の施設長室で待ってるから風呂から出たら来るように。すっぽかしたらぶっ殺すからね。」
ざぶん!と張った湯を舞い上げ、黒川はゲラゲラ笑いながらバスルームを出ていく。
「ゲホッ、ゲホ……クソッてめぇこの!さっさと出てけッ!」
威圧感のあった背中に罵倒し、ザァッと湯を撒き散らす。バスルームに鍵をかけ、バスタブの前にへたりこんでしまった。プカプカと浮かぶシャツに着いた血の色が薄くなっている気がした。
「……生きてる人間に風呂入ってるの見られるって、結構辛いモンがあるんだぜ。」
なんか目にしみる気がする。お湯、被ったからかな。

風呂から上がり、本館4階全てを使った施設長の部屋に来た。来てしまった。
「おい来てやったぞ。いるのか黒川、いるならさっさと出てきて話ってのをしろ。もう眠いんだ。」
あくびを噛み殺しながら叫び、だだっ広い部屋の中を1周見て、高そうなソファに体を投げやる。死臭がしない。なんの匂いもしない。俺の嗅覚がマヒしてんのか、それとも本当に無臭なのか。
「確かに来いって言ったのは私だけど、お前その態度はなんなの?ここで一番どころじゃなく偉い人間の前なんだけど?」
広いソファーを最大限使うべく、腕も足も頭も胴体も全部乗せ、もはや寝転がっている状態の俺に、黒川はピキピキと青筋を立てた笑顔でいる。おい、左手のコーヒーカップにヒビが入ってるぞ。
「そんなんはいいからさっさとしろ眠いんだ。」
いっそここで寝てしまおうかと思うくらい寝心地のいいソファーであくびを一つ。話があるって言うから来たのに、その用件を話さず遊ぶつもりなのかこの自称超偉いヒトは。
「……まぁいいわ。あのね、話ってのはね。」
テーブルを挟んで向かいのソファーに腰掛ける。右手に持っていた白いコピー用紙とヒビの入ったコーヒーカップをテーブルに起き、ドカンと足を乗せた。俺に言える態度じゃないだろ。
「1つ、お前の部屋の死体のこと。2つ、半年前から急に施設の子供の数が減っていること。」
パチンと黒川が指を鳴らすと、奥の方からお盆を持った金髪天パの男がいそいそと出てくる。俺の前にソーサーとカップを置き、何も言わずに来た方へと戻って行った。なんだこれ、ホットチョコレートか。久々に見たな。
ぬんと座り直した俺がカップを手に取り、中身を見たことを確認した黒川は、足を組み替えてにこりと微笑む。
「私だけ飲むのも悪いからね、いいよ飲みな。話は気楽にしたいもんだ。」
俺的には全く気楽にできる話じゃねぇけど。ずずず。お、美味い。親父がよく作ってくれたっけな。
「1つ目のお前の部屋の死体のことから。まず何故死体が部屋に溢れかえってるの?」
「趣味だ。」
簡素に答えれば黒川はやれやれと言うように肩をすくめる。真っ白なコピー用紙に俺の答えを書き写し、くるりとペンを回した。
「じゃあ次。アレはお前が殺して集めたの?」
「いいや。俺はなにも殺さない。殺すのは俺の役目じゃない。」
ずずり。ホットチョコレートの最後の一滴。このカップの底に残るのってすげぇ嫌い。なんか悔しい感じ。
「役目じゃない?じゃあお前はどうやってあの死体の山を集めたの。」
カップをソーサーに起き、頭の後ろで手を組む。
「紫苑だよ。南館404号室の泉紫苑。あいつが殺して俺がもらう。そういうふうに組んだんだよ。紫苑は殺すだけで充分だが、死体の処理に困ってた。俺は殺したくはないが、死体が欲しい。利害の一致ってやつだよ。ちなみに東館2階フロアのヤツらはみんな紫苑が殺した。俺の部屋には置く場所がないから、まだ各自の部屋に住んでもらってるけどな。」
横髪をくるくる指に巻き付けながらこれまで半年間の経緯を簡素に告げる。死体の存在がバレてるなら、隠し事をしたところで無駄でしかない。
「……絶望的なまでに相性がいいなお前達は。しかしなんでそんなに素直に話すの?なんか面白くないなぁ。」
「隠したってすぐにバレるだろ。それならさっさと吐いた方がいい。で?俺と──紫苑のこと、どうするつもりだ。警察にでも連れていくか?それとも殺すか?どうにしろ俺は現状に満足してるから、どっちでも構わねぇけど。」
「いいやどっちでもない。私は仕事以外で人を殺すのはしたくないからね。お前は見てて面白いから、屋敷に連れていくよ。こんなところじゃあお前も死体集めに限りがあるだろ。」
おかしい。本気で頭おかしい。仕事で人殺してるってなんだよ。見てて面白いって。冗談どころじゃねぇ。こいつホントにヤバい。紫苑も相当頭おかしいと思ったが、黒川は桁外れに頭がおかしい。フレンチの席で女よりも先に座り、細かく折ったナプキンで額の汗を拭き、スープにパンをつけて食い、フルコースで最初にデザート食うような感覚だ。(元)上級家庭の人間としては反吐が出る程嫌なヤツにあたる。庶民的に言えば、口を開けて飯を食う感じだ。
「ヘンな冗談やめろって。屋敷に連れていく?あんた屋敷なんか持ってんの。フーン。まぁ死なないならいいかぁ。あぁでも俺を連れていくなら紫苑も連れていけよ。俺はヒトを殺したくはないんだから。忘れんなよ?そのこと。」

それから幾日か過ぎた。荷物は何も持たず、手ぶらで保護施設を出る。広いグラウンドで砂埃を巻き上げて離陸待機をするヘリコプターと、その操縦士と何か話している黒川の姿。
「おい紫苑、いくぞ。」
「ちょっと待ってや恢、まだ紐結べてへんねん。」
「どんくさいヤツだな。そんなん内側にしまっとけよ。」