保護施設④

恢と会ってから半年が経った。桜が咲き小学生が増えた。それと変わらず、恢の部屋の死体が増えた。俺が殺したヒトの数も増えた。さすがに不自然すぎるなと思ったが、いずれバレるのなら。100人殺せば英雄と。なら、やりたいだけやればいい。恢から聞いた言葉だ。欲しいだけ殺せばいい。バレる前に出来るだけやっておく。心残りがないように。バレて捕まれば、思うように思うヤツを殺せなくなる。とんでもないストレスだ。考えただけで頭がおかしくなりそうだ。ヒトの死をこの手に感じられない。細い割に硬い脊椎を折る振動が伝わらない。震える弱い抵抗が皆無。そんなコトは耐えられない。耐えられるワケがない。
「おい紫苑。聞いてるか?」
「……え?なに?」
「俺の話ちゃんと聞いとけよぉ。カード、負けたら関西弁なって言っただろ。」
「あ、そうだったっけ。」
ウン?と手札を見る。いや俺がポーカーで負けるかぁ。負けないと思ってたんだけどなぁ。
恢とは何回もポーカーで遊んでる。その度に負ける。今まで強い人ともやったのに、負けたことは1度もなかった。恢はイカサマしてるワケじゃない。単純に俺が弱いワケでもない。なのになぜ負けるのか。恢の引きがいいってワケでもない。とんでもなく弱いカードの時もあるのに、俺がそれよりも弱いのだ。
「関西弁、なぁ……まぁ頑張ってみるかぁ。期限は?」
カードを回収し向きを揃えて箱に仕舞う。フーっとため息を吐いてイスにもたれかかる。恢の目が微妙に細く鋭く睨む。イスが倒れる程の勢いで机に身を乗り出し、俺の襟ぐりを掴んでグッと引き寄せた。
「一生。俺とあんたがサツに捕まって死ぬまで。俺とあんたは一生離れられない。運命共同体だ。俺がいなくなったとしても、あんたは俺から離れられない。俺のことを忘れられない。死が二人を分かつまで。」
人間かと。それすら怪しい。死体を集めるくらいだから、元々人間じゃねェなとは思っていた。カードを引くのも、死体が集まるのも、現状動けないのも、なるほど。有り得ない程のカリスマ性か。確かに、多分俺は恢から離れられないし、忘れはしないだろう。こんな人間の皮を被った悪魔のことは。いや、悪魔って言うより魔王か。魔王的カリスマ。
「……わかったから離せよ。」
「関西弁」
「わかんねぇよそんなん。俺知らない。」
「レクチャーしてやるよ関西弁。」
こいつのこの囁き。抗うことがそもそも許されない。逆らえば首を掻っ切られ、内臓を抉り取られることは間違いない。支配された方が幾分か楽、どころじゃないな。
恢の薄い胸板をゆっくり押し返す。なんだ、そもそも力が入ってないじゃん。成程これが根っからの支配者ってワケか。
「わかった。ちゃんと教えてくれよ、おにーさん。」
「その呼び方気に入った。これからはそう呼べよ。」
「ははっ。俺のが誕生日早いってのに。」

数日後、いつものように子供を殺した。南館302号室の大人しいガキ。その死体を肩に担いで、恢の部屋に向かっていた時。ドアを開ける間もなく、ドアの方が勝手に開いた。というか、恢がドアを開けた。風呂を出たばかりなのか髪が湿っている。支給されているシャンプーのにおいがする。それよりも、何より死臭がする。
「なんやおにーさんの方から開けてくれるん?」
「………入れ。話がある。」
「言われんでも入るんやけどなぁ。」
鍵を閉める。俺から死体を受け取り、つま先からつむじまで簡単に状態をチェックする。抱き返す温もりのない死体を、壊れないように優しく抱きしめる。俺が殺すヒトを定め、殺してから恢ところまで運ぶように。
「……そんで、話って?」
ドカリと広いソファーに座る。電気はついていない。カーテンを開けっ放しにしているから、よく晴れた月のあかりが射し込んでくる。
「施設長…より偉いヤツ。黒川っていう、……まぁとにかく管轄地では最高位の権力者。ってヤツがいるんだけど。そいつにバレた。あんたの殺しと俺の収集。」
「……死が二人を分かつまで。俺は恢のやるようにする。黒川ってのはナニか知らないし、別に興味もないけど。恢が殺されるとか捕まるってんなら俺もそうする。」
ソファーの背もたれに座る恢に背中合わせで返事をする。死が二人を分かつまで。死んでも俺は、恢に追従する。あの日の囁きから逃れられないと、逃れないと理解してしまった時から。
「殺されたり捕まったりはしないらしい。なんだ、屋敷に連れていくとかナンとか。まぁ、死ぬよりマシだなと思って承諾した。」
「賢明な判断どうも。死なないならソレに越したことはねぇよ。」
ソファーから立ち上がり、死臭のする短い廊下を抜けてドアの鍵を開ける。
「……そうだおにーさん。言い忘れてた。俺、多分、あんさんが死んだ後でも、あんさんの呪縛からは逃れられへんよ。」
それだけ言って後ろ手にドアを閉める。中からは乾いた笑いが少しだけ聞こえたが、多分、気のせいだろうな。

荷物は全部送ってしまった。手に持つものは何も無い。広いグラウンドで砂埃を巻き上げるヘリコプターの音が聞こえる。恢は先に靴を履いて待っている。
「おい紫苑、いくぞ。」
「ちょっと待ってや恢、まだ紐結べてへんねん。」
「どんくさいヤツだな。そんなん内側にでもしまっとけよ。」